子どもの持つ「幸せのたね」

みなさんおはようございます、こんにちは、こんばんは!
まあいっか子育てでお馴染みのいずみんです(^^)

子どもたち見てるいと毎日毎日、
自分のやりたいことをやり通す姿や
満足気な顔
やりたくないことは全力で拒否
大きな声で、場所とか関係なく泣き叫ぶ
なんとも清々しい笑

彼らを見ていると、大人になるとこんなに全力で生きれるだろうかと

世間体を気にすることは成長でもある
何かを身につけること、自分で出来るようになることも、成長である
誰かに助けてもらう、全部お願いする。は中々出来ない。

私は、とても生きづらい。
自分の生い立ちが珍しい訳では無い。
しかしながら、結婚するまで
居心地のよい土地でずーっと暮らしてきた
幼稚園、小学校、中学校、高校、専門学校
全て実家から通えるところ。
しかも公立で。

普通の家の普通の子。
のはずが
お母さんが色々特性を伸ばしてくれたおかげで
ハッキリとモノを言う人物になった上
幼なじみがたくさんおり、もう25年以上の付き合いである笑
同じ地域に住んでいるということは、
それだけ同じ地域に住む人々と密接に関わることになる。
おかげで、周りのおばちゃんたちからすれば
私はいつまでも、可愛いいずみん。のまま笑

それがとても心地よく、大事にされている感じが
私は好きなのだ。
帰ってくるとほっとするし
何故か、散歩するだけで気持ちが落ち着くから不思議だ。

そうそう今日は子どもたちが持ってる
「幸せのたね」の話だった。
誰でも必ず持っている。
「幸せのたね」は、幸せを作っていく力の素。
どんな状況でも、幸せになれる力を持っているという意味。

「たね」というくらいだから
水も栄養も、愛情も注がないと
「め」は出にくい。
もちろんなくても「め」はでるけどね!
速度が違うかもしれない。

目に見えない愛情だったり
美味しいご飯だったり
その子の「め」が出て成長する時に、
邪魔しないことだったり。

親は、その役目があると思う。
育っていく環境を整えてあげること。
お金をかける。という意味ではなく
その時にできる、最良最善の方法で
サポートすること。
決して、自分の思いどおりにしたい。ではなく
枠にはめて、誰かと比較するでもなく

その子の、その子自身の
「幸せのたね」の力を信じて
愛情をかけて、待つ。それだけ。
答えはない。正解はない。

かーちゃん、とーちゃん、子どもたちとその周りが笑顔で、楽しく暮らせたらいいな。
どの家族と比較するでなく
自分たちの幸せがなんなのか?
わかってるだけで充分だなって。
最近思います。

今日も子どもたちの寝顔を見て、寝る前の幸せをかみ締めています。
こんなに大きくなってくれたのだなぁ。
優しくなってくれたのだなぁ。
生きてるだけで、幸せなんだなぁ。

いずみんでした。

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