目に見えないものに救われた誕生日|限界の先で見つけた私の人生

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持つべきものは、目に見えないもの

最近、誰かに助けられたと感じたことはありますか?

私は、胸を張って言えます。
日々、たくさんの人に助けられて生きている人間です。

直接言葉にできなくても、心の中ではいつも思っています。
助けてくれる人たちへ、感謝の気持ちでいっぱいだと。


「自分の人生を歩いている」と感じた瞬間

最近になって、ようやく
「あぁ、私、自分の人生を歩いているな」と
実感できるようになりました。

そのきっかけは、シンクロ率が高くなったこと。

実は昔から、サプライズに憧れがありました。
でも、自分から「サプライズしてほしい」と言ったら
それはもうサプライズじゃない。

だから心のどこかで期待しながらも、
「してもらいたい形」で叶ったことは
正直、一度もなかったんです。


想像を超えてきた、あの誕生日

ところが、ある年の誕生日。

誕生日アピールは、しっかりしていました(笑)
でも、まさかサプライズが待っているなんて
思ってもいませんでした。

志を同じくする仲間たちが集まり、
ハッピーバースデーの歌。

そして、手作りのケーキ。
しかも、作った人はプロ。
…そりゃもう、驚くほど美味しい。

帰り際には、友人がこっそり
オーダーしてくれていたホールケーキまで。

コロナ禍という制限の多い時期に、
こんなにも嬉しいことが重なるなんて。

誕生日に、
「会いたい人たちに会える」
それだけで、人生は十分に報われるのだと
心から思いました。


知識よりも、やっぱり経験

知識より経験。
もちろん、すべてではありません。

でもやはり、
自分の目で見て
手で触れて
空気感を感じること。

経験に勝るものはない。
そう、改めて感じた一日でした。

初めましての人も
久しぶりの人も
何度も会っている人も

近況を話し、
さらに深く知るための対話をする。

その人そのものを否定せず、
弱ささえも含めて受け入れ、
みんなでカバーし合う。

こんな時代だからこそ、 目に見えないものの価値が際立つ。


あの頃の私は、限界だった

ここからは、当時は書けなかったことを
今だから正直に書きます。

この頃の私は、
表から見れば前向きで、
イベントに出かけ、
子どもたちと笑っている母でした。

でもその裏で、
モラハラやDVと向き合い、
心も体も、限界ギリギリでした。

人生の崖っぷちに立ち、
「死」という言葉が
現実味を帯びて迫ってきたこともあります。

子どもたちと一緒に
消えてしまおうか、と
考えた夜もありました。

「私は生きていても意味がない」
「子どもたちを幸せにできない」

今思えば、
とても傲慢で、
とても苦しかった思考です。


気づいたことが、人生を動かした

ある日、ふと気づいたんです。

子どもたちの中に、 幸せの種はもうある。

私が幸せにしなければならないんじゃない。

子どもたちは、
子どもたち自身の力で幸せになる。

そして私は、
私自身で幸せになっていい。

そう決めた瞬間から、
人生は静かに、でも確実に
動き始めました。


強さの正体は、悩み抜いた過去

誰かの話を聞いて、
「この人は強いな」と感じることがあります。

でも、その強さは
最初からあったわけじゃない。

たくさん悩んで
たくさん困って
たくさん気づいた結果、
今がある。

だから私は、
同じ話を何度聞いてもいいと思っています。

そのたびに、
今の自分に必要な
目に見えない何か
受け取っているから。

人はきっと、
必要なタイミングで
必要な気づきを
自然とキャッチしている。


目に見えないものに、救われている

助けてくれる人がいる。
見守ってくれる人がいる。
信じて、待ってくれる人がいる。

これほど心強いものはありません。

あの限界の時期に書いたこの記事は、
当時の私の精一杯でした。

今、離婚を経て、
自分の人生を選び直した私は、
あの頃の自分を
否定せず、抱きしめたいと思います。

目に見えないものに支えられ、 ここまで生きてきた。

そう胸を張って言える今、
この文章を、
ひとつの昇華として残します。

*この記事は、2021年4月の記事をリライトしたものです。
当時の背景を残しつつ、今の気持ちをあらためて書いたものが含まれています。

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